考察:「文パターン7」

by 小山明雄


 

 「医者は朝から外来の診察をしていた」という文パターンを標準形に落とすとするとどうなるべきでしょうか。「医者は朝から外来を診察していた」となるべきでしょうか。「診察をする」は「診察する」と同じ意味ですから、パターンマッチングをして意味レベルでの検索をしていきたいとき、「診察をしていた」を知識ベースに持つのは問題です。意味の連想をしてマッチしない可能性を克服していかねばなりません。


 標準形というものを考えることはパターンマッチングとか文の解析結果を利用していくさいに重要になって来ます。解析から次の利用のステップの中間に、解析結果を標準形にしていく作業が必要になってくるのです。今回はこの中間処理でどれだけ頑張れるか考えていってみたいと思います。

 その手始めに、「診察する」を考えてみます。「診察」という動詞的名詞に「する」がついています。このとき、「診察する」という固まりで動詞としています。ここは和葉の基本的な作業です。その次に、「外来の診察をする」ですが、名詞構文「外来の診察」が問題になります。和葉ではこれを目的格として出力し、「外来」が「診察」の属性であるという結果を出力しています。これを「診察をする」で動詞として捉え、「外来」をこの動詞の目的格に捉えるように変換する必要があいます。結構、重たい処理ですね。


【例文1】AはBとの結婚を成就した。

【例文2】AはBとの結婚を成就できなかった。

 例文1の標準形は「AはBと結婚した」ですね。「成就する」を「する」と同じ動詞として扱えばこの例は手始めに述べたことに帰着できます。しかし、このようなことが多くの単語や文にあらわれるとしたら、やはりもっと一般的技術として確立しておかねばなりません。

 それは「Bとの結婚」で名詞構文として、意味を捉えた後に、「成就する」で意味変換をしていくというものです。「成就する」ただの「execute」の意味で良いでしょう。「complete」で扱えればなお良いと思いますが。この辺のところは、難しい、視点変換があるところではイメージに落として作業することになると思いますが、たいていは、意味に対応した格変換と品詞変換という記号世界で処理が可能でしょう。


【例文3】津波は町を飲みこんだ。

 「飲み込む」はこの場合、覆うという意味でしょう。比喩表現です。

【例文4】津波は町を覆った。

 例文3と例文4はマッチングしなくてはなりません。この場合、知識ベースの「津波」というモデルの中に、「町とか森とかを覆う」というような記述があり、「飲み込む」に「内部に含む」というような記述があったとして、その付き合せで、「津波が飲み込む」とは「津波が覆う」という等価性を推論していけることが前提になります。比喩の処理としてそんなプロセスを設計しておくことは重要です。それには、まず標準形とはどんなものかを定義しておき、それのどれに対応しているかを知識ベースを参照して落とし込むという作業を設計していくことになるでしょう。大抵はこの処理のあとに、「津波が飲み込む」を「津波が覆う」にパターン連想していくレコードを知識ベースに追加することになるでしょう。


 標準形を用いることは、パターンマッチングを成功させるのに必須のことですが、文解析はそれで重たくなるのは良いとして、文生成もまた負担が大きくなるので、前もって考えておく必要があります。知識ベースの発火しているレコード群に最もふさわしい単語と構文を選択し、文を合成していくことになるでしょう。単純な知識ならば簡単ですが、複雑な場合・・・実践的な場合、こころして設計していくことが求められます。


 最後に、文の意味解析の最終データは何でしょうか。物事の把握をイメージで考えてみますと、配置関係とある位置・時間での動作ではないでしょうか。あるオブジェクトとあるオブジェクトがどんな配置関係にあり、各オブジェクトがどんな属性で、どんな動きをしているか・・・を記述することではないでしょうか。

【例文5】AはBにリンゴをあげる。

 この文では、リンゴがAの所有から、Bの所有に変化していることを語っています。つまり、意味解析の結果を得るとは、オブジェクトAにリンゴが属していて、それが時間の経過で、Bに属するようにデータ表現が変わればいいのです。


【例文6】AとBは別れた。

 この文では、グループオブジェクトがあって、AとBを含んでいます。それが、このグループからAとBがいなくなる。そんなデータ管理をしていくのです。


 意味解析とは最終的にそんなデータ管理の問題に帰着するのではないでしょうか。もっとも、その変化にどんなオブジェクトが関与しているかということも記述がはいりますが、意味理解とは案外単純なものなのかも知れません。




 

おわり