考察:「雑音下の文字認識」

by ご近所のきよきよ



 本棚を開いて、ふっと「パターン認識・理解の新たな展開(小川英光著 電子情報通信学会)」を手にしていました。ぱらぱらとページをめくって、文字認識を読んでいました。雑音の地から文字を切り出す問題がオープンプロブレムとありました。それを読んでいたら、とあるアイデアを思いついたのです。ちょうど文章理解での「オンデマンド」解析を考えていたので、オンデマンドで特徴項目を創生していって、それでパターンマッチングしたらいいじゃないかというアイデアに結びついたというわけです。今回はこのアイデアを紹介していと思います。


 文字認識は端点とか交差点とか曲がりといった特徴点の位相関係を入力イメージと知識イメージ(頭の中の文字のイメージ)とでマッチングを取って、もっともマッチ度の高い知識イメージを選択していくことです。

 雑音のない入力イメージについては知識イメージをそのまま用いられますが、入力イメージが雑音で部分的に覆われていたときには、それに対応して知識イメージにも雑音を掛けて、特徴点を再設定して、部分的な特徴点の位相関係でマッチングしていく必要があります。・・・ということです。もちろん、知識イメージを全て再解析して特徴点を求めていく処理をすることは時間的に無駄が多いです。そこで、文字を構成しているラインの特徴をもって、知識イメージを分類しておいて、雑音下の文字のライン群の特徴で知識イメージを絞り込めるようにするのです。詳細はオンデマンド特徴点解析して、パターンマッチングで最終決着をつけるのです。



 街に出て街路樹の下を散歩しました。瑞々しい青葉が印象的な季節になりました。ふと思ったのです、クオリアって特異点ではないかなと。電子だって、陽子だって特異点として存在しているわけで、その存在は物理学では説明できない。繰り込み理論で辻褄を合わせている。数学も公理系があって、それが存在の特異点となっているわけで。

 で、クオリアが作る「存在」・・・その周りの現象しか我々は議論できないのではないか。計算機が知能を持っていると判断するためのチューリングテストのように行動主義でいくか、数学の定理証明のように構造主義で行くか・・・。それしかない。そんな感じがオントロジーではないでしょうか。「存在」、「オントロジー」って、神秘ですね。


 



おわり