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蛙鳴蝉噪

奥院灯明役勤方覚書

 戸隠では、文献に残っているだけでも300年ほど前より宿坊などで蕎麦が振る舞われてきました。
蕎麦を米の代用食としてではなく、ハレの日のご馳走として扱われていたのが「戸隠そば」という文化なのです。
 当時は宿坊で提供される以外には「蕎麦屋」という専門的な形態のお店はありませんでした。現在の「戸隠そば」の看板を掲げる店が多数出来たのは近代になってからなのです。
一番多く誕生したのが、昭和40年に戸隠バードラインが開通して日帰り観光が可能になり、参拝客ではなく観光客が一気に押し寄せてくるようになった、戸隠観光バブルが訪れてからです。
当店もその頃に誕生しました。
そしてそれまでは宿坊で直会(なおらい)の最後にシメしとて提供されていた蕎麦を、蕎麦屋が昼食に単品で出すようになったときに、先輩方は江戸や様々な情報を集約し現在のような形態に進化させてきました。

そしてそれが現在「戸隠そば」を名乗るお店に共通した蕎麦の打ち方や提供方法として根付いています。
代表的な物だけあげてみましても、

・水切りしないでザルに盛りつける盛り方。
・「ボッチ盛り」と呼ばれている馬蹄形にザルに盛る盛り方。
・更科粉でもないのに熱湯を使う蕎麦のコネ方。
・のし棒一本で伸してしまう荒々しいノシ方。

等々あげていくといくつかあり、まだまだあるのですが、
これら一般的な蕎麦打ちの技法と違った常識を、私はいつも不思議に思ってきました。
そして調べてみるとたいへん興味深く、そうしなければならなかった時代の流れをも感じることが出来ました。
凄い長所があったり、致命的な欠陥があったり、継承しなければいけない物もあれば、すぐにでも改良しなければならない点なども見えてきました。
まだ結論が見えて居ないことも沢山ありますので、これからも研究していきます。

ただ、一番強く感じたのは「戸隠そば」というのは技法のことでは無く、戸隠信仰からつながる文化じゃないか?ということです。
神社に参拝して、季節の料理を召し上がりながら御神酒を頂く。そして〆に蕎麦。
空腹を満たすのだけが目的ではない、こんな素敵な文化こそ私は「戸隠そば」だと思います。

本サイトのなかで軽く触れている事項もありますが、これらの事柄に詳しく知りたい方には私の私的考察を直接お話させてください。
お喋りは大好きですから暇な時間ならいくらでもおつき合いいたします(^^ゞ

実は最近、私の私的解釈をまことしやかに転載されてしまうことが出てきてしまいましたので、恥ずかしくてとても文章にはできなくなってしまったのですy・・・
タイトルの通りなので、軽く読み流していただいた方が健康的です。


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