私のコレクションサイトへようこそ、管理人の頑固親父 ( Nishizawa Hiroyuki ) です。
亥年生まれ(いわゆる団塊の世代)小・中・高校とずぅっと長野市は善光寺のすぐ傍で育ちました、大学のみ金沢へ、電気工学です。
 1971年にUターンで電子系製造会社へ、 2007年にリタイアしました。
バソコンは富士通製
 最初に自分専用のパソコンを買ったのはたしか1996年。 95・98・2000とOSを替え、7年使いました。
 2代めは2003春購入のXP。 CaptureNX2には少々重いので、6年半使って換えました。
 3代めは2009.10購入のwin.7。 2014.6.9に落雷で起動不能になったため、これを機に新調。
 4代めは上記の理由で2014.7購入のNote type。
(Win.8.1 64ビット版 ⇒ 2015.8にwin.10に)
   これまではデスクとNoteの2台を使っていましたが、やはり使い勝手が同じでないと都合が悪く、
   普段はディスプレイ/キーボード/マウスをつなぎDesk Topとして、炬燵で使いたい時に外してNoteとして使います。
 そして、2017.5に5代めのNote typeとなりました。
   更新にはちょっと早かったのですが、カミさんのがWin.7で古くなったため、私のをお下がりにして新調してしまいました。

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2005.8.26 記
 初めて鉄道模型を見たのは、小2 (1955) の時に行った模型店。(Oゲージです)   その後、鉄道以外の模型を作ったり地元工業高校の文化祭での運転を見たりしましたが、大きすぎるということもあって自分で鉄道模型を作るところまでは進みませんでした。

 中3(1962)の春にやって来た1人の転校生と妙にウマのあった私は彼の家に遊びに行き、Oゲージとは違う手ごろな大きさの車輌を見せられました。HOゲージとの出会いです。
さっそく雑誌を見たりして価格も手頃な「つぼみ堂製のBタンク」を取り寄せてもらいました。

 この機関車は 「私の1号機関車」 として、半世紀を経た今もレストアをして現役です。 ⇒


 高校進学 (1963/昭38) と共に車輛の自作を始め、 線路もポイントも真鍮引き抜きレールを1本づつスパイクして「90cm×60cmのレイアウト」らしきものができ、 ペーパーボディに木製床板の車輌もいくつか作りました。
80系湘南電車/165系電車/スハ43系客車/2軸貨車、等ですが、残念なことにBタンク以外はすべて残っていません。
 この頃のことが、古〜いTMS誌に載っています。
通巻198号
(1964年 / 昭和39年12月号)山ア喜陽氏が来長 / 取材された「長野の運転会」という記事で、大先輩のS氏が作られた組立式レイアウトと共に、 偶然に2枚とも運転しているところが写ったのが当時高校生だった私です。

 この年、天賞堂からED42が発売になりましたが、価格が4990円と高校生にとってはかなりの高額でした。こづかいを貯めたうえにアルバイトをしてようやく1輌だけは買うことができましたが、いつかは4重連をとの夢が達成できたのは定年を間近にした40年後 (2005) でした。 進学後 (1967) に2輌目として買ったのも、信越線のEF62(1965/昭40発売 \11,500)。2輌ともリニューアルして今も現役として在籍しています。

 在籍車輛の内容を見ていただけるとわかりますが、電車やディーゼルカーの長編成物より、どちらかというと機関車牽引の列車や単行か数輌程度までの短編成の列車が好きです。

2005.9.2 更新
2006.3.16 記
 全て自作による精密車輌を作る「製作派」ではなく、といってレールを敷きシーナリィを楽しむ「レイアウト派」でもありません。
気にいった製品が有ればメーカー完成品を買い、気が向けば製作や改造もするという 「安直派」です。ただ「走行重視派」を自認していて走りの悪いのはガマンができず、完成品でもすぐに分解して調整しますからジャンク箱内に入っているわずかを除けば、在籍車はいずれも快調に走ります。 手を加えてない完成品も多いコレクションですが「懐かしい列車を走らせて楽しむ派」と思ってご覧ください。


2007.4.19
 私のコレクションは「縮尺1/80、線路幅16.5mmのHOゲージ」ですが、これ以外のゲージも少し手を出しています。
国鉄型車輌の「ガニ股」が気になり始めた学生時代に、線路幅1067mmを1/80にした 「13mmゲージ」を知りさっそく挑戦してみましたが現在のように部品が市販されているわけでもなく当然全てが手加工になります。まず加工の楽そうな単行の電車の改造から始めました、旋盤など持っていませんから ドリルレース
(この言葉も死語になったのでしょうか?)で4本の車軸の車輪間隔を詰め、インサイドギャを改造、レールも1本1本スパイクなので短い直線の往復だけでなんとか走るようにはなりましたが、 加工のたいへんさから続かずにそのまま廃止になってしまいました。現在のように部品も道具も割合簡単に手に入っていれば転向していたでしょう。
 9mmゲージも初期のものを何輌か購入しましたが、レイアウトを作るよりは車輌工作が好きだったため1/150の小さな車輌に満足できず、ほとんどあげてしまい現在のような工作中心の「安直派」に落ちついています。


2009.5.22 記
 高価になったHOゲージですが今から他のゲージに転向する気もなく、いかにお金をかけずに楽しむかを追求しています。新品は購入せず中古品を購入してリニューアルかディテール追加を楽しみ、 時にバラキットを手に入れて1・2年は楽しむことにしています。
 オリジナルにこだわるわりには、 うまく動かすために走行関係は改造したがり、車輛工作中心で走行機会は減少気味なこの頃です。

2010.10.17 記
 そろそろ定年後のことも考えはじめた50代半ばの頃。それまで手当たり次第に集めていたものを整理して「大正・昭和生まれの国産蒸気機関車をひととおり揃えよう」と思いたち、 未塗装キットのディテーリングやバラキット組み立てで定年後を楽しもうと考えていましたが、 いざとなるとなかなか進んでいません。 少しでも安く楽しみたいということならバラキットですが、いくらなんでも機関車1台10万円台になってしまっては、万一失敗してスクラップになっちゃったら・・・、というのがまず頭に浮かんでしまいますので、バラキットも手に入れずらくなってしまい、 残った−C59戦前形、D51戦時形、C57四次−のうち、ようやく手にした「C57四次」で楽しんでいます。 あとの2機はいずれ・・・
2011.12.25
前回書いた「あとの2機はいずれ・・・」のうち、C59戦前形はそのあとに天賞堂のグリーン塗装79号機が転籍してきて残すところは「D51戦時形」だけとなったところで、「6760」も大正の蒸機ではないかとご指摘をいただき、新たに目標に追加。

 年末恒例の車籍簿の整理をしていて気がつきましたが、在籍車内訳を見ると1年前と比べて数の増減がまったく有りません。 そのわりには内容が変わっていますから出入りが激しいということでしょうか。  揃えるテーマ外の車輛も若干増えていますから、テーマそのものを見直したほうが良いようです。 新年の抱負として考えなおしましょう。

2014.9.8 記
 新品や完成品を購入することが難しくなってきたので、もう一度「車輛の集め方」を限定して、達成に邁進したいと思います。
  1.大正・昭和生まれの蒸気機関車 ⇒ 残ったのは6760。
  2.大正・昭和生まれの信州に関連した車輛 ⇒ 息抜きをするために対象は決めません。

2015.1.13 記
 大正・昭和限定のはずの我が家の条件にあてはまらない、「1号機関車とその客車」、「2120」、「6200」、そして「木曾森林のボールドウィン」。いずれも「車輛の集め方」を設定する前から有ったものや「訳あり転入車」で整理し難いものばかり。
 かねてからEH200が「いいなぁ!!」と思っていることも有り、信州に関連した車輛は大正・昭和を取り払おうかと・・・。
そうすれば平成の「EH200」も明治の「2120」、「10000型」もセーフ。

 ということで、以後の車輛の集め方は次のように決めました。(客車・貨車は除く)
 大正・昭和生まれの蒸気機関車 と、 信州に関連した車輛

蒸機はほとんど集まっていますから、「 信州関連車輛 」を重点的に集めます。
ただ、大正・昭和生まれの蒸気機関車も「6760」を残すだけと思っていたら、タンクロコを忘れていました。「4110」は1913年(大2)の製造です。 幸い年末になってミズノの1次製品が転籍してきました。
2015.7.18
 2014年末から2015年夏にかけて「信州に関連した車輛」に該当する電車が相次いで転籍してきて、2014.4の在籍と比べると3編成20輌が一気に増えました。

飯田線流電モハ52系4輌
169系「かもしか」4輌
189系グレードアップ「あさま」12輌、と欲しかった車輛ばかりです。
2016.1.2 記
 信州関連列車の一つ 「白山」 は編成内の車種が少なく、かつ座席車ばかりで面白みに欠けるためなかなか手が出ませんでした。
学生時代
(1967〜1970)の長野−金沢の往復には必ず乗ったなじみの列車で、いつかはと思っていましたがようやく腰をあげる気になりました。 1967年秋の改正でそれまで2輌だったロ座が1輌になり、 1964年(昭39)に始まった青15号の塗色がようやく地方にも波及してきてぶどう色と青色も混在していて、1969年に一等車からグリーン車に変更になるなど激動の時代でした。   ちなみに長野から乗車する時は機関車次位のスハフ42と決まっていました。
 牽引機は上野−直江津間はEF62、直江津からはDF50、富山からED70だったと記憶しています。
←上野/金沢 直江津→
スハフ42 オハ46 ナハ10 スロ62 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハ10 スハフ42
 手持ち車輛ではズラリと並んだ軽量客車群(ナハ10)7輌が無く、プラ製完成品を買うなどしないと道は遠そうです。
  2016年の目標として、7輌のナハ10をなんとか揃え、ぜひこの列車をものにしたいと思います。
2016.5.11 記
 台車も無いジャンクに近いホーワ製ナハ10が2輌手に入りました。さっそくリニューアルをして加えたいと思います。
2016.9.8 記
 Fujiモデルのナハ11系が3輌加わり、残ったナハ2輌をナハフで代用してなんとか完成しました。

2016.11.16 記
 信州関連車輌で飯田線の機関車と言えば、ED18/ED62/EF10、等で、なかなか手がまわりませんでしたがようやく縁あってEF10の丸形車体/鋳鋼台車のモデルが転籍してきました。 ただ、まったく動かしたことのないモデルだったので天賞堂製電機の例にもれず、 ギャBOX内のグリスが固まってしまい通電してもウンともスンとも言いません。 ギャBOXを完全にバラして洗浄、セラミックグリスを詰めなおしてようやく復帰しました。
2017.4.13 記
 学生時代に親しんだ「白山」がひとまず完了したところで、もう一つの「白山」を2017年の目標としてとりあげようと思います。
「白山」が上野−金沢間の急行として誕生したのは1954年(昭29)で、「ぶどう色1号」の車体、淡青色の二等帯に白で II と入り、三等は白文字 III 標記でした。 オロとスハフは上野−長野間だけの連結、7輌で金沢に向かい直江津では向きを変えます。
←上野/金沢 直江津→ 上野−長野間
オハニ36 スロ54 オロ40 スハ43 スハ43 スハ43 スハフ42 オロ35 スハフ42

2017.11.28 記 (12.4 更新)
 2017年の目標とした「茶塗り白山」もスハ43 1輌を残し、パーツ不足だった「III等表示」もそろってほぼ完了したところで、2018年の目標は、 信州関連車輛の中から、 茶塗り時代の「準急 妙高」と「急行 黒部」をとりあげたいと思います。
 どちらも10系座席車を多く連結していますので、共通運用ができます。

「妙高」は1950年(昭25)に上野−直江津 / 新潟間の客車準急として誕生。
機関車次位に希少なナロハネ10を上野−直江津間のみに連結していますので上りと下りでナロハネの位置が変わります。
←上野 直江津/新潟→
ナロハネ10 マニ オロ40 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハフ10

「黒部」は1959年(昭34)に上野−金沢間の臨時急行として新設、1961年(昭36)に下記の編成で定期列車化されました。
3軸ボギーのマロネ29が難関でしょうか。もう少し時代が下がるとオロネ10が使えますが、かわりにスロ60がオロ61になります。
(金沢←直江津) ←上野(←金沢) マロネ・スロは淡青帯に白字でII等標記 直江津→
マニ スハニ32 マロネ29 スロ60 ナハネ10 オハネ17 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハフ10
1964年頃
←上野(←金沢)
オロネは淡緑帯に1等寝台・オロは淡緑帯に乗降扉横に1等標記 直江津→
マニ オロネ10 オロ61 オハネ17 オハネ17 オハネ17 ナハ10 ナハ10 ナハ10 ナハフ10