郷土の偉人 ; 力士「雷電為右衛門」とは


雷電為右衛門は信州が生んだ古今無双最強豪力士


道の駅「雷電くるみの里」のいわれ
 雷電は滋野の大石出身で、勝率9割6分余といわれる江戸時代の力士です。また、道の駅が建設される東部町は、くるみの産地でもあります。郷土の偉人と特産品をちなんで「雷電くるみの里」としました。

 
雷電為右衛門に関する史跡
力士雷電像 力士雷電之碑 雷電の墓
 郷土出身の彫刻家「竹内不忘」作の力士雷電像で、現在は東部町鞍掛にある武道館の横にあります。道の駅「雷電くるみの里」のシンボルとして、完成に合わせ同所に移転されます。
 
 旧碑(右)は、碑片を身に付けていると立身出世するとの言い伝えがありました。石碑を欠き持ち帰る者が絶えなく、碑文が読めなくなり新しい碑(左)が建てられました。
 
 孝心に厚い雷電は、父半右衛門が酒好きであったことから、冥土の旅には酒に不自由させまいと盃(笠石)・酒樽(棹石)・膳箱(台石)を形どった石塔を建て供養しました。
 
雷電生家 石尊之辻
 東部町の史跡として改築され、資料館として中には土俵がつくられています。

 所在地;東部町大字滋野乙1982-2
 
 石尊之辻跡(丸子町)に建つ石碑、江戸相撲浦風一門の隠し稽古場として密かに弟子を育成、雷電はじめ数多くの名力士を生み出しました。
 
石像仁王様 海野宿白鳥神社
 左の仁王様は雷電の母が“強い子が生まれるように”と願をかけたもの、右の仁王様は雷電が大関に昇進した際に奉納されたものと伝承され、東部町の石造文化財に指定されています。
 
 雷電が42歳の時、四本柱の土俵を奉納しました。
略年譜  雷電之碑  閉じる