自然療法とは

***** 高橋健康指導センター *****

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1、古代から病気は食事で治す先駆者達 

西洋医学の祖はギリシャの医聖「ヒポクラテス(BC、450〜300年)」です。

彼の医術の考えは「…医術は、痛みと、病気と死とを結果するような生活の仕方の代わりに、人間の健康と幸福と栄養とを目ざして発見された技術である」と根本精神を述べています。しかし、現在の西洋医学は違った方向に進んでしまったのです。彼の医術の骨子は「病気を治すのは医師ではなく自然である。医者はそれを手伝うだけだ」として自然治癒力を重視しています。また、食事療法を根本にした「薬の癒(いや)さざるものを鉄(外科刀)は癒すべし、鉄の癒さざるものを火(自然治癒力)は癒すべし、火の癒さざるものはついに不二と思わせねばならぬ」と云っています。「火」とは食事で、食事を正すことで病を癒すことが重要だと説いています。

中国4000年の歴史の中で発達した「中医学」は、上医、中医、下医があります。上医は皇帝に使える医者で宮廷の重要人物を「食事で病気を癒す、或いは食事で予防する」位が一番高い医者です。中医は平民を「漢方薬、鍼灸、整体で治す」医者です。下医は家畜を「手術や薬で治す」役割を担っていました。根本理念は「草根木皮これ生薬、飲食衣服これ大薬、身を修め心を治むるこれ薬源なり」といっています。更に、自然療法を推奨している生物学者、故「千島喜久男先生」は付け加えて「化学的合成新薬はこれ下薬なり」と云っています。中国から始まった東洋医学も、食事が病克服の根本と云う考えをもっていたのです。

自然界の摂理を逸脱した生き方をしてきた結果による病は、それ相当の負担なしに解決は絶対できません。身体のゆがみを正し、食事を悔い改める努力の果てに「体質改善」ができ、健康な日々がやってきます。真の健康を手に入れることが出来るまでは、辛抱づよく、辛抱づよく、継続する以外方法はありません。これは真理です。私はそのようにして、健康体になることができたのです。健康で生きる「秘訣」「知識」が分かれば、人生これほど楽しいことはありません。身体に「重石」を背負っていない今、私は日々楽しんで生きています。私は今「死」の恐怖は持ち合わせていません。やることをやっている以上、寿命は潔く受け入れますから「お迎えが来ればお願いします」という「死生観」をもっています。これ以上の「健康法」はないと確信を持っているからです。

8、健康体に変身するのは薬でなく自然療法の継続のみです

 自然療法とは、私は本人の度量が試される治療法と思います。西洋医学が支配している現在は、安易に受診できる窓口が沢山ありますから、誰もが体調不良を感じると、病院を訪れます。その結果を、何のためらいもなく受け止め、医師の言われるままに手当てを受ける人が多いのです。それは洗脳がはびこり、「病や不調を解決してくれるのは西洋医学しかありません」と新聞、テレビに、製薬会社の広告、医師の治療法の広告が載るからです。更に、自治体も健康診断と称して診断を受けさせます。問題があれば直ぐに病院で「再検」を受けてくださいと通知が来ます。再検の結果によっては、脅かされます。知識がなければ、その言葉に恐怖を抱き、薬も服用します。手術も覚悟します。病院に関われば結果はそのようになるのです。食事に気を使っていますか。運動は適度にしていますか。腰は調子悪くありませんか。早寝早起きですか。など、間違っても問診はありません。私のような手当て法は、国家が認めていないので広報されることはありません。誰もが、医療とは病院、医院に行くこと、薬を服用することと思ってしまいます。

7、私はこのように考え手当てを受けたことで健康体に変身 

私が多くの皆さんと違うところは、長期間苦しんだ「トラウマ」が有るために「徹頭徹尾」やることをやる、という信念をもっているということです。最初は「腰痛と首痛が治ればよい」と考え上京したのです。先生の「病気は治るようにできている。それまでは辛抱してやり抜く気概をもてるかである」という言葉を信じ、治るまで通う決心をしたのです。痛みが大分楽になった位で止める気持ちは持っていませんでした。

毎週通いました。信越線「小諸駅」から東京まで片道3時間です。

当時、小諸からは「自由席」は空いていることはほとんどなく「指定席」に乗らないと座ることができません。体調がよくないのですから座りたいのですが、電車代、宿泊代、二日間の治療代、食事代を考えると倹約しました。そして私は考えました。昔の「特急あさま」は上りの時は、先頭車両が「グリーン車」です。運転席と車両の間に乗降口があります。その場所に簡易の「折りたたみ椅子」を持ち込み座るのです。帰りは上野からですから「自由席」に座れます。食事も「お弁当を二食分持ち」倹約しました。日頃も倹約をして全て身体を治すことに集中したのです。余談ですが、安いホテルをみつけて泊まるのですが、最初はベッドで寝むれません。腰が痛くなるのでシーツを床に敷いて寝ます。枕も合わないので、バスタオルを丸めて調整して使いました。そんな身体でしたから治したかったのです。必要なときに、必要なお金をケチると、生涯、病の呪縛から逃れることが出来なく、惨めな悲惨な一生を送ることになることだけは避けたかったのです。これは38年間苦しんだ私が、心の奥底から込み上げてくる悲しい魂の響きから得た教訓です。 

6、食事療法の効果を高める骨盤調整法 

食事療法の効果を更に高める手当て法は私が38歳で受けた「骨盤調整健康法」です。故、五味雅吉先生が先人の骨格矯正を更に昇華させた整体です。特出することは「骨盤内」に存在する「関節(仙腸関節)」の働きの原理を解き明かしたこと、そしてこの関節が「亜脱臼」することを突き止めたことです。更に、人体の「肝心要」の骨盤の不具合が免疫力を低下させることも突き止めました。当然、骨盤の不具合を正す整体の技も完成させました。腰痛発症も骨盤の不具合からです。首痛も同じです。私の「自然療法にたどり着くまでの道程」を読んでいただければお分かりいただけます。「風邪ひき名人」も返上することができたのです。体験が物語っています。つまり「免疫力」が骨盤調整を繰り返し受けたことで高まって、諸々の症状が消えていったのです。(「病の根源と総合療法」を参考にしてください)そして「食養」を取り入れたことで、私の38年間に及ぶ不調は完璧なまでに消えました。風邪も7年前に引きました。生まれた初めて「39℃」を超える熱が出ましたが、それが最後になりました。高熱ということは「自己免疫力」が如何に健全になったかと云うことです。付け加えますが、どのようにして治したかということです。医者にはいきません。薬も飲みません。やったことは「風呂」に入り、汗を沢山流して、布団の中で、また汗をかくことを日に3度やって、食事は「お粥、漬物、ねぎ味噌汁」のみで、3日で楽になりました。

私は38歳以降、体調不調で医者の診察を受けたことは一度もありません。38歳まで、あれほど医者通いをしていたのに。皆さんは嘘と思うでしょうが真実です。 

 5、薬の威力を上回る免疫力の偉大さ 

私は己の不調克服の中で、西洋医学と自然療法の違いを、身を以て体験しました。緊急に必要な処置は「西洋医学」であることに間違いありません。具体的には「外傷」を負った時「ひん死」の状態の時、我慢できない「疼痛」に苦しむときなどです。また、体調の状態をチェックする「検査」などもよいでしょう。しかし、それ以外の疾患は、己の「自然免疫力」が弱ったところから発症しているのです。感冒しかりです。私は「風邪ひき名人」とまであだ名されましたが、直ぐ注射、投薬が唯一風邪を治す早道と考え実行していました。三日もすれば楽になって一週間もすればほどほどになりますが、酷い時は半月ぐらい尾を引きます。私は薬を服用すると「胃腸」の状態が悪くなるので、必ず「消化剤」も併用していました。風邪薬で胃腸が弱るから副作用です。しかし、再発することを防ぐことはできず、38年間繰り返したのです。

正しい手当法は「健康体」に変身することで「自己免疫」を高めることです。食事療法では「食事」を正すと「体質」が変わり、健康体になるにしたがって「自己免疫力」は高まります。すると、風邪の菌が体内に侵入しても「免疫力」が直ぐ撃退しますから、風邪に罹患しません。少し風邪の症状が出ても「休養」すれば一日か二日で症状は消えてしまいます。それは風邪のみでなく、身体の不調は免疫力が高まり、真から健康体質になればば症状として現れる前に、免疫力が消してしまうのです。 

4、食事を正すと健康になる原理、

 なぜ食事を正すことで、アトピーが消え、非行や登校拒否、いじめがなくなるのでしょう。そして学力まで高まるのでしょう。私が理解していることは、人間にとって真にマッチしている食事(正しい食事を読んでください)を摂取することで、健全な「白血球」が生まれるということです。健全な白血球は、身体にとって必要な遺伝子情報を持っています。その情報に照らし合わせて不具合があれば即座に修復作業に入り、健全な組織を再構築します。

アトピーは体内で消化できない不純物が、皮膚から押し出されるために皮膚が炎症を起こし、アレルギーとして不快な症状を生むのです。消化は胃腸です。胃腸が健全な組織に新生されることで、消化酵素やホルモンが正しく分泌されるようになり、未消化と云われる物質が出来なくなることで、アトピーは消えるのです。

いじめなどは、脳神経がミネラル不足で「イライラ」するために、そのはけ口を「いじめ、非行」と云う形で、憂さ晴らしをするからです。健康な有機の穀物と野菜、頭から食せる小魚を食していると、ミネラルが補充され穏やかな精神状態が生まれ、憂さ晴らしが必要なくなるからです。

登校拒否も同じです。不健康な体質のため「活動エネルギー」が不足して、意欲が乏しいのです。しかし、食事を正すことで活動エネルギーが生まれ、心身とも元気になるのですから、朝寝坊などしていられなくなるのです。パッと目が覚めるのです。早く学校に行って友達と飛び回りたくなり、綺麗に咲く花をもっともっと手入れして咲かせてあげたくなる感情も生まれるのです。勉強も体質が変わり、エネルギーが十分ありますから、集中力が高まり、精神的に落ち着いた思考が出来るようになり向上するのです。

このように食は大切なのですが、学校給食が「和洋折衷」で栄養士が「カロリー計算」のみで献立を立てるから給食で子供を元気にできないのです。

しかし、栄養大学には「食養」の講座は存在しませんから、栄養士が知らないのは当然で、ここにも国家の大きな欠陥があります。真田町は、仁徳もあり実行力もあり、そして食養を理解していた「大塚貢」さんが教育長になったことで、日本中の学校運営に大切な「ヒント」を与えてくれたのです。

3、食事を正すと変わる証拠「給食を改革したら子供達が変身」 

食事を改めることが如何に有意義なことか、証拠をひとつ紹介しましょう。現在は上田市になりましたが、当時は埴科郡真田町です。平成4年真田中学校の校長になり学校改革に取り組み、同9年から同町の教育長になった「大塚貢」さんは、給食改善をします。様々な抵抗を乗り越え説得して、有機食材、地産地消、同町で調達できない食材は「産地直送」で、小中学校の給食を変えたのです。すると登校拒否、いじめ、非行が影を潜めたのです。そればかりかアトピーの子供たちが少なくなり、学力も向上して全国優秀校に変身したのです。読書もそうです。今までは読書をする子供が少なかったのですが、休み時間には図書館が一杯になるようにもなったのです。

2、国家は食事療法を無視し、西洋の医学と栄養学を取り入れた経過

 食養の理念は現在多くの民間人によって普及されていますが、国家は明治維新以後、西洋列強に追いつけ追い越せという国策により、富国強兵、殖産興業と相まって「西洋医学と栄養学」をドイツから取り入れたのです。

戦争で傷ついた兵士を手術で手当てする医療に、日本人は驚嘆して、これこそが医療と、日本古来の、和方、漢方は葬りさられてしまったのです。当然、食事の持つ意義なども無視されてしまいました。その流れは現在も続き、医療は「薬とメスと放射線」が主体で、「食事」の重要性はないがしろにされたままです。また、公的機関が推奨する食事も「カロリー計算」主体の食事で、手当てとしての食事は重要視されていません。ヒポクラテスから始まり、中医学、そして日本の医療の祖を築いた人々が唱えた、間違った「食事」が病気を作る。そして「病気」は食事を正して病気を克服するという、悠久の歳月の中で得た実体験の法則を、国家は認めないのです。

国策として「食養」が取り入れられれば、どれほどの人々が病の恐怖から解放されるか、計り知れないものがあるのです。しかし、明治以降100年を超える国策による庇護は、西洋医学も栄養学も、その組織の強大化が、余りにも利潤を生みだす現実に、修正を加える勇気を持ち合わせていない人々が余りにも多いのです。人の世は果敢ないものです。優秀であるということと「篤実(人情に厚く誠実なこと)な人」とは限りらないのです。凡人は、秀才は仁徳、篤実の人と思い込んでしまうのですが、とんでもない誤解です。誤解がなければ、こんな現生になっていないでしょう。事の詰まりは、人間の多くは己の栄華のみを追い求める衆生ということです。

しかし、自然療法を推し進める人々は違います。誠実に、人を真から健康に導く指導を、公的機関から誹謗され迫害されても、伝道師の如く、ひるむことなく普及活動をしています。それらは己自身が体験によって得た確固たる教訓から導かれた、信念を持っているからです。  

並行してやったことは、子供たち自身で花壇を作り花いっぱいの学校にしたことも、子供たちに潤いのある、楽しい暖かい雰囲気の学校に変わったことも大きな要因でしょうが、給食を変えたことで、花壇を皆で作る意欲が湧いてきたのです。

給食を通して父兄の考えも変わり、町の住民の考えも変わったのです。この事例は、子供だけに適合するのではありません。大人も見習うことで、生活習慣病から解放され、気力も充実して、健康な日々が送ることができるのです。真田は近年県内一位の健康長寿の里になるでしょう。 

日本でも江戸時代から「杉田玄白」「貝原益軒」が著した健康訓は、食事、気持ちの持ち方、運動を説いています。また、江戸時代の大観相家(人の容貌・骨格を見て、運命や吉凶を判断する人)であった「水野南北」は「南北相法」の記述の中で「善相であってもその人が食を慎まず悪徳を積み重ねるならば、その人はその善相を生かすことができず、不運な人生を歩むことになるし、たとえ悪相であっても、食を慎み善徳を積むように努力するならば、必ず寿を延ばし、福を増して幸運に至るのである」と説いています。つまり、健康長寿の人相であっても「グルメ」ばかりしていると、悪運が付きまとい病気になり長寿は望めないと云う事です。また、悪い人相を以ていても「食」を正して節制すれば、運勢は変わり幸な人生を送ることが出来るということです。南北は、風呂屋の三助や火葬場で働き、人の裸体などから人体の「相」を研究した人で、占い業で名古屋に数棟もの蔵を構えた人物ですが、生涯、米や餅などは食せず、一日に酒一合、他に麦一合五勺以外口にしなかったと伝えられています。明治には陸軍薬学中将の「石塚左玄」が食養を提唱して「化学的食養長寿論」を出版し、昭和になり、その流れを継承した「桜沢如一」先生が食養(マクロビオティック)を世界に広めました。 

私も38歳までの自分は、洗脳されていて全くその通りでしたが、偶然に運よく「五味先生の番組」を見ることで、腰痛を治すのに違った治療法があることを知ったことで人生が変わったのです。結果は、腰痛ばかりか、全ての症状が消えたのです。私の体験をマスコミが取り上げ、このような選択肢もありますという社会になってもらえれば、救われる人は多くなるでしょうが、まだまだ、そのようなことは有り得ないでしょう。でも、私の考えを知った方は、自分の症状が西洋医学に適しているか、自然療法が適しているか、もう判断できるでしょう。その判断で手当てを受けられることをお勧めします。それは私のためではなく、あなた自身の魂を大切にして悠々の生涯を過ごすためなのです。私の指導は「保険適用」がありませんから、手当て代が高くて通えないと云う人がいます。自家用車は買うことが出来ても、趣味にお金は使っても、自分の身体にはお金をかけて「磨かない人」は救うことはできません。玄米と味噌汁と漬物だけの食事をすれば、お金は浮きます。ましてや、その食事が健康を約束してくれるのです。(「私の食卓」をお読みください)お金を捻出する方法があるのに努力しない人、倹約しない人は救えません。その人は、真にお金の使い道を知らない人です。骨盤調整の施術が苦手と云う人も救えません。その人はまだまだ「清水の舞台から飛び降りる」決意と勇気がない人です。本当に心底から、病に苦しみ、痛みを感じていないからでしょう。あるいは、もっと簡単に病を治す方法があると思っているのでしょう。私は、あらゆることをやりましたが、身体の歪みを「骨盤」から正すということは知りませんでした。ですから各種療法は受けましたが、解決はできませんでした。私の知る限り「魔法」のような手当て法はこの世に存在していません。「ゴッドハンドの医師」とは、手術テクニックが優れているからそのように言われるのです。しかし、手術で悪い部分を取ったり、貼ったりしても、真の健康には絶対なれないのです。薬は症状を抑えてくれても、薬を止めることはできません。症状が治まって薬を止めても、また、再発して薬を服用するということの繰り返しです。薬では健康になれないということです。