左の写真の、岩の間に見えるのはすべて天狗の麦飯(テングノムギメシ)です。表面には、少し乾燥し色が濃くなった天狗の麦飯が覆っています。右の写真の二つの固まりは、中から掘り出した新鮮な天狗の麦飯で、色は薄い褐色です。この固まり一つの大きさは、握りこぶし大の大きさです。この固まりの周りも、すべて天狗の麦飯です。天狗の麦飯は、1〜2mmの小さな粒の固まりであることがわかります。
(掘り出した天狗の麦飯は、埋め戻してあります)
天狗の麦飯の拡大写真です。 接写レンズ使用。 |
天狗の麦飯は塊ですが崩れやすく、 すぐ小さな粒になります。この写真では 色があまりよく出てはいません。 |
天狗の麦飯(テングノムギメシ)は、日本の富士火山帯、および、その周囲にのみ見られる不思議な生物です。分布をしていたところは、小諸市の味噌塚山(産地として天然記念物に指定されています)や飯縄山を含め、いくつかのところに自生していましたが、そのうちの数箇所は絶滅し、また絶滅に近い状態の所もあります。天狗の麦飯が絶滅危惧種に指定されているかいないかはわかりませんが、絶滅の危険度はトップクラスだと思います。
日本以外では天狗の麦飯は確認されていません。ただコーカサス地方に似たような物があるということですが、天狗の麦飯とは違うと言うことです。
天狗の麦飯は、南北朝時代(約650年前)には知られていたようです。さらに、江戸時代の天保14年(1843年)発行の善光寺道名所図会などに、飯縄山の天狗の麦飯が記載されています。
天狗の麦飯は、昔、飯砂とか味噌土とも呼ばれ、飯縄山は飯砂が取れる山、飯砂山が語源だと言われています。昔修験道者が食べたといわれています。
天狗の麦飯(テングノムギメシ)は1〜2mmほどのゼラチン状の粒で、自生地では大きな固まりとなり、層をなしています。色は薄い褐色で、見たところ麦飯のように見えるので、天狗の麦飯と呼ばれるようになったようです。天狗の麦飯は不思議な生物ということで、いろいろな研究者が調査研究しています。
天狗の麦飯の正体は藍藻類(クロオコッカセー科のグロエオカプサ、グロエオテース)などであるといわれています。生育地では、地表に近いほど新しく下に行くほど古くなり、この古い部分にはいろいろな細菌やバクテリアが進入し、分解をしているようです。
天狗の麦飯を構成する藍藻類には葉緑素は無く、そのため緑色ではなく薄い褐色をしています。このため、光合成とは違う化学反応で炭酸ガスの同化をしているのではないかとされています。天狗の麦飯の自生地では安山岩が多く、この安山岩の酸化分解によるエネルギーを利用しているのではないかとする説もあります。
天狗の麦飯の増殖期については、冬期、積雪下で増殖するのではないかとされています。
また、天狗の麦飯はすべての産地が同一のものではないようで、自生地ごとに差異があるようです。現在、天狗の麦飯が良好な状態を保っている自生地は、数箇所しかなく、そこも自生環境の悪化により、少しずつ減少しており、絶滅の危機にあるといえます。
私が訪れた天狗の麦飯自生地は、幅約10m、長さ約20mほどの狭い範囲に自生しています。中心部が一番状態がよく、表面から天狗の麦飯があり、厚さはどれくらいあるかはわかりません。上に乗り体を揺らすと、スポンジに乗ったように地面がわずかですがゆれます。手で触れてみるとやわらかく、ゼラチン質(この表現が良いかわかりませんが、手で触れると “くにゅくにゅ” しています。) で湿りけがあります。食べてみると味も香りもありません。ここの自生地も以前に比べると少なくなっているようです。
自生地は傾斜地で、崩れやすく、足で踏みつけたりすると、すぐに崩れていきます。絶滅を防ぐためには、自生地を荒らさないよう保護していかなければならないと思います。
天狗の麦飯は、一部自生地が天然記念物に指定されています。また、他の自生地も国立公園内に有りますので、学術研究用に採取する場合でも国の許可が必要です。