野尻湖賛歌

80回大会参加申込者からの便り

近くにプールができた。目標を立て、毎日泳ごうと決めた。休まずゆっくり400m〜500m。1年間で上田から東京まで50里(200km)。この春5往復を達成した。80歳。信毎に「野尻湖遠泳80回」の予告記事が載った。「これだ!」。妻と二人、さっそく湖を訪れた。餌を求めて「大きな緋鯉がじーっと見ているよ」と妻。「応援するから元気に泳いで」と言っている。そんな気がした。「よし、泳ごうの静かな清らかな野尻湖で」

(上田市・花岡 賢(80歳・初参加)

★写真と記事は関係ありません。

昭和28年、中学2年生の時が初参加です。交通の便も悪く、野尻湖までの道のりは大変でした。参加者は30数名だったように記憶しています。ゴーグルとかクリームといったのはなく、道具は赤ふんどし一本。水からから上がると、目は真っ赤、体のヒリヒリは幾日も続きました。これから51回目の「私の野尻湖」です。無理をせず、体の許す限り、まだまだがんばりたいと思っています。

長野市 畠ヶ山時男(67歳・完泳50回)

中学生鋸路からこの大会に参加し、千葉で就職した今も私の年中行事になっています。歴史あるこの大会に参加できることを誇りに思い、これからも体力の続く限り、美しい野尻湖の景観を泳ぎながら眺めて行きたいと思います。大会がいつまでも続くよう、この美しい野尻湖と自然を維持できるよう、関係の皆さん、よろしくお願いします。
千葉市銚子市・山口 剛(34歳・完泳21回)
就職して逢逢長野に戻ったのを機に初参加。
昨年で10回を数えました。日焼け対策を怠ったため、背中やふくらはぎのぼろぼろにむけてしまった初参加の年。くじいた足首をかばいながら泳いだ年。足がつって困った年。毎年、いろんな思い出があります。そして、泳ぎながら見る陸の景色。山々は毎年、ちがったすばらしさを見せてくれます。まる一日、自然にゆっくり浸る機会は貴重です。大会を通して知り合った仲間との年に一度の逢瀬も楽しみです。元気で泳げること、仲間に感謝。美しい野尻湖がいつまでも続きますように。

松本市・徳武さおり(完泳10回)