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―― 秘密 ――

 人間誰しもひとには言えない秘密を1つや2つ抱えているものである。私にだって語りたくない秘密はたくさんある。本名が木村拓哉なので略して「キムタク」なんていい年して呼ばれていることや、「俺はぽっちゃりしていた頃の君が好きだったんだ……」といって別れた元彼女(その彼女も「なっち」とかいうあだ名で呼ばれていた)にしつこく復縁を迫られているとか、オシッコをしようとしたらどういうわけか真横に発射してしまったとか(この秘密はつい1時間前にできた)。
 思い返せばこういう人には言えない秘密というのは、無邪気な顔をしていた子供時代にもけっこう抱えていたような記憶がある。
 私が子供の頃に抱えていた秘密といって思い出すのは、小学3年生のときである。

 小学3年生時分の私はもちろん勉強などできる子ではなく、「授業」という時間は、暇で、退屈で、お腹が鳴るかどうか心配、というただそれだけのものであった。 そんなことだから、私は授業中に「どうやったら暇をつぶせるだろうか……」なんてことばかりに頭を悩ませていた。ちなみに今は、「地球温暖化」と「発展途上国の核問題」に日々頭を悩ませている。
 そんな暇つぶしの方法ばかり考えていた私に、ある日空前絶後の暇つぶしが閃いたのである。
 その内容とは、

本人にきづかれないように、
隣席の机の裏にいくつ鼻くそをつけられるのか

 という至極低俗なものであった。小学3年生の私なのだから、まあこんなものだろう。
 この頃から女子を意識していた私にとって、授業中に鼻くそをほじるという行為はとてもスリリングなことである。あまつさえ、その鼻くそを隣の席の住人にきづかれずにお裾分けするというサスペンス。かつ鼻くそ面積が他人の机の裏で日々増殖していくという達成感。これをやらずして他になにをやる!(勉強をしろ)

 その日から鼻くそを隣の机の裏にはりつけるというのが日課になった。私は隣の席の住人に気づかれないように、そしてクラスの仲間に見つからないように、鼻くそをほじってはまるめ、ほじってはまるめ、机の裏にくっつけ続けたのである。
 この隣の机に鼻くそをくっつけるという行為は、かなりの罪悪感を背負う行為である。友達とドッヂボールをしてきゃっきゃと遊んでいても、「実は俺……裏では鼻くそばかりほじっている汚れた子供なんですばい!」という疎外感に苛まれる羽目になる。だったらやめればいいのだけれど、他にやることがないのだから仕方がない。
 自分はどうもこの手の才に恵まれているらしく、順調に鼻くそ面積を拡大し続けたのであった。

 そんな鼻くそほじりに没頭していた日々にも終焉は訪れた。

 その日もいつものように鼻くそをほじっていると、連日の鼻ほじり耐えられなくなったのだろう、鼻から大量の鼻血が溢れ出てきたのである。
 私は狼狽して「ああ……ああ……」と鼻を手でおさえるだけで精一杯。
 そんな私の姿にいち早く気づいてくれたのが、当時の親友 サトウ君 であった。
 サトウ君は私の鼻に手際よくティッシュをつめ込むと、「先生! 仮面マスク君を保健室まで連れて行きます!」と私を背中に担ぎ保健室まで運んでくれたのである。

 私は自分が猛烈に恥ずかしかった。こんなくだらないことで親友のサトウ君に迷惑をかけ、優しくされている自分に心底腹が立った。

「ごめんね、サトウ君……」
「いいから、ちゃんとティッシュで鼻おさえときな」

 サトウ君の背中におぶさりながら、私はこんなくだらないことはもうやめようと心に誓ったのである。

 ごめんねサトウ君。机に鼻くそつけて。

―2002年3月23日―


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