- 白線からはみ出ないように歩く。
- おかずは一品ずつ片付ける。
- 靴下は左足から履く。
- お札は上側を財布の奥に向けて入れる。
など、自分の中で勝手に拵えたルールを「自分ルール」と世間では呼んでいるのかどうかは知らないが、ここでは便宜上そう呼んでみる。
上記以外にも有名な自分ルールはいろいろとあるが、道端の白線からはみ出ないように歩くなんてのは、幼い頃、下校途中なんかで誰しもがやったことのある最たるものではないだろうか。
「あの曲がり角まではみ出ないで歩けたら近藤さんと両思いになれる」「あっ……」「今のはうそー」――みたいな。
かく言う私にも、昔から自分だけが持っている数多くの自分ルールがある。以下にちょっと記してみよう。
- 横断歩道で右観て左観てもう一度右観てる間に「もしかしてこの間に左から来てるんじゃね?」と、左を観ている間に右から来た車に轢かれないようにする。
- めざましテレビを観ていて、「さて、そろそろ仕事すっか!」とTVを消そうとして、思わず大塚範一の額のホクロを押さないようにする。
- レジで手を包み込むようにしてお釣をくれる女性店員を前にして、これは逆セクハラで訴えたら勝てるのではなかろうかと密かに企まない。
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そんな自分ルールであるが、困ったことにこういったルールを自分の中だけで完結させずに、他人にも強要してこようとする人というのが居る。
カレーを食べるときに水飲むなと言ってくるおっさんや、わさびは醤油じゃなくて直接刺し身につけろだとか、他人の味噌汁や丼に七味を勝手に振ってくる人たち等々。
思い出してみるとなぜか食に関するものばかりだが、こういう類いの人たちには弱る。
そういうのとはまた別で、人生の方途に関わるようなわりとシリアスな自分ルールを世間のルールにうまいこと摺り合わせて行けないのも、これまた大変である。
自分もおよそそういうタイプなので、十代や二十代前半の多感な頃は、道理に合わないことや、自分が正しいと思っているやり方を否定されて「こんちくしょう……世間なんて!」などと一々憤っていたりもしたが、振り返ってみれば大体の自分ルールなんて「なんであんな事に執着してたんだろ?」というものであり、よく考えればもっとうまいやり方あったなぁと思う。
とかく若い頃は視野が狭くなりがちだが、たとえ自分がこれだと決めたルールから外れたとしても、その白線の外には広い道が続いているのである。