シルビア通信1 >> 小ネタ >> あいつに!アタック! >> 第4話

「帰らぬあいつ! わたしは悲しきロンリーガール」

「あー、勉強しなくていいって最高!」

 駅前のビルが立ち並ぶ雑踏。スクランブル交差点で信号待ちをしていると、隣のクリ子がいきなり大声を上げた。

「ちょっと、やめてってクリ子。恥ずかしいでしょ」
「だってすんごい気分がいいんだもん。受験勉強はやらなくていいし、高校には受かったし、酒は飲めるしサイコウだー!!
「ちょっと、内村光良みたくいきなり叫ばないでって。うれしい気持ちはわかるけどさ……。それにお酒は二十歳からだって」
「ほら、ほら、アンタも一緒に。」
「嫌だって。ほら、信号青になったよ」

 わたしはクリ子の手を引きながら交差点を駅へと歩いた。ふりそそぐ日差しはまぶしいくらいに明るくて、真っ白いビルに反射した光が目に痛いくらい。それは、まるでわたし達の未来のようだった。

「ラララー……ん?」

 ふいに、わたしの腕がクリ子に引っぱられた。

「ちょっとクリ子、急に止まんないでよ」
「ねえ、ねえ、ほら。あそこの駅のエスカレーターの前でギターの弾き語りしている人。わかる?」
「うん、見えるけど。……それが、なに?」

 クリ子が指差す先にはヘタクソな弾き語りで通行人の邪魔になっている、ひとりの若い男の人がいた。本当に稚拙な演奏と歌声で、立ち止まって聴いているひとは1人もいない。そんな彼の姿を見ていると、ドラえもんの道具のひとつ、「石ころ帽子」を思い出した。

「あれってさ……音島じゃない?」
「えっ!? うそっ!!」

 隆志は例の告白の一件以来、消息不明になっていた。それはまるで得体の知れない何者かから逃れるように。警察もできる限りの手を尽くしたのだけど、一向にその姿は見つからず、神隠し事件としてテレビにも紹介されるほどだった。

 そんな隆志が今、目の前にいる。

「うそ……本当に隆志なの?」
「間違いないって、ほら。髪は伸び放題で、無精ひげとかすごいけどさ、あのちょっと猫背なとことかさ……ね」

 確かに隆志だ。すごく汚れていて、髪とかもぐちゃぐちゃで、なんかえらく老けちゃっているけど、間違いなく隆志だ。

 わたし達は恐る恐る隆志の傍まで近づいて行った。

「音島……だよね?」

 クリ子の問いかけに気づく素振りも見せず、隆志は一心不乱にギターを奏でている。近くで見ると、すごく白髪が目立つ。

「音島……音島でしょ? わたし覚えてる? クリ子、あたしクリ子!」

 隆志は尚もギターの弦を揺らしていた。とても遠くをじーっと見つめて、ただひたすらギターの弦を揺らしていた。

「ねえ隆志……、あの、わたしハミ子だけど。ひ、久しぶりだね。その……なんで、急に家出なんかしちゃったの? わたしすごく心配だったんよ。ねえ、聞こえてる? 隆志」

 わたしがぎこちなく話しかけると、隆志は遠くを見つめたままひび割れた唇を開いた。

お金はそこの缶に入れてください……

 その弱々しい言葉にわたしは涙があふれた。なんで? どうしてこんなことになっちゃったの? わたしわかんないよ。一体何があなたを追いつめたっていうのよ!

「ダメだ。行こう、ハミ子」
「……う、うん」

 わたしとクリ子は隆志の膝元に置いてある空の鯖缶に5円玉をそっと入れると、その場を立ち去った。

 さようなら隆志。さようなら……わたしの初恋のひと……。



 桜の花がその色を染めるころ、わたし達はまたひとつ、大人の階段をあがる。

 真っ白いビルに反射した日の光が、痛いくらいにわたし達を明るく照らしていた。

(おわり)



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