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―― 決まりごと ――

 人間、しばらく生きていると自分の中に自分なりの決まりごとを作ってしまうものである。例えば、横断歩道をわたるときは白線の 上をはみ出さないように進んでしまうとか、目玉焼きを食べるときは白身を食べてから黄身を食べるようにしているだとか、ボックスの 煙草はまず初めに取り出す最初の一本の位置を決めている云々。

 私もこれまで一応人間として生きてきて、それなりの決まりごとを持っている。「友達に貸すエロ本にチン毛を挟まない」、 「街で捨てられた子犬を見かけたら抱きしめて涙を流す」、「好きな女は泣かせない」――といったものである。 特に3つ目に挙げた決まりごとは忠実に守っていて、いつも私が好きな女の子から泣かされている。

 そんな人それぞれの決まりごとであるが、先だって近所の書店で目撃したある女の子の決まりごとは、他人事とはいえ何だか滑稽であった。

 その女の子は、『新刊』の棚で立ち読みをする私の後ろにある『文房具売り場』で、友達となにやら物色している中学生くらいの女の子であった。 2人の会話から、その女の子が友達の買い物につき合わされているであろうことは想像に難くない。しかも彼女は、「ねー、まだ?」、 「早くしてよ、もう」、と煮え切らない友達にすこし苛立っている様子であった。

 新刊に一通り目を通した後、「さて、エロ本でも見るか」と私が場所を移動しようとした時、もの凄い怒号が私の鼓膜を揺らしたのである。

「あー、もうダメ! あんた、ほんっとにダメ! 今すぐ決めないと私帰るからね!!」

 どうやら彼女が業を煮やしたようである。

 私は「書店で騒ぎ立てるお前がダメだ」と思いながらも、この寸劇を見届けるべく、再び立ち読みを始めた。

「どれ? どれにするの!? 早く決めなよ!」
「じゃあ……これでいい……」
「いい? ……いいって、あのねあなた。『いい』ってのはね、これでOKとも解釈できるし、NOとも解釈できるんだよ! そんな中途半端な返事じゃ ちっとも伝わんないのよ! これにするの? しないの?」
「……これにする」

 どうやら彼女の中では『いい』という言葉で返事をすることはタブーのようである。「これでいい」という返事はOK以外に解釈 しようもないし、彼女に急かされ「(しようがないから)……これでいい」というとても的確な返事だと思うのだけど、なんとも手厳しい限りである。 過去に『いい』の解釈の食い違いから、悪徳業者に仏壇セットでも買わされたのだろうか?

 私はこの変てこな決まりごとを持つ女の子に背中を突かれレジへとうつむき歩いていく友達の後姿を見送りながら、 「さぞ決まりが悪いだろう」と同情しつつ、エロ本コーナーへと向かったのであった。

―2002年6月11日―


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