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―― 消火器暴発 ――

 小学生の頃によくやらされた『火災訓練』というやつが私は好きだった。授業はサボれるし、ちょっとした興奮も得られるし、 感覚的には運動会や遠足と同じイベントみたいなもので、訓練を知らせる非常ベルがスピーカーから流れるとニコニコしながら廊下に整列したものである。

 私が通っていた小学校では“いかに早く校舎から避難できるか”という企図を焦点に訓練が行われ、その年毎に避難にかかった時間を計測したりしていた。 避難時間が前の年よりも縮んだ年は、訓練後の『校長先生のありがたいお言葉』で、

「今年は皆さんとてもがんばりました。お喋りする人もいなくて、とても速やかにできたんじゃないかと思います。実際に火災が起こった 時も今回のように迅速に行動しましょう。火事というのは本当に恐ろしいもので……(以下長々と続く)」

 とねぎらいの言葉をもらえた。しかし、前の年より遅くなった年は、

「非常に残念です。皆さんの中には訓練だからとダラダラ行動した人や、お友達とお喋りをしながらここに来た人がいます。今回は訓練だから いいようなものを、これが本当の火事だったら果たしてこれだけの人がここにいられたでしょうか? 火事というのは本当に恐ろしいもので……(以下長々と続く)」

 と怒られてしまうのだが、実際の火災現場でお喋りしながら避難するような肝の据わった児童はいないだろう。



 さて、大抵は校長先生の話を聞いて貧血気味のまま訓練は終了するのだが、たまに消防署の協力で消火活動のデモンストレーション が見られたりする。こうなってくると他の児童も大騒ぎである。グラウンドで消防車の放水を見て「すげぇー!!」と叫んだり、 はしご車のはしごの高さを見て「高けぇー」と驚嘆したり、前のやつが立ち上がって見えないので「どけぇー!」と怒鳴ったり。

 そんな消火活動の中で私がもっとも楽しみのしていたのが消火器を使ったものであった。この消火器を使ったデモンストレーションでは実際に 鉄板に囲まれた中で燃え盛る炎にむかって消火活動をするのだが、なんと児童の中から何人かを選出して消防隊員と一緒に消火器を発射できたのだ。

「それじゃ、皆の中でやってみたい人いるかな?」

 消防隊員が児童に呼びかけたの字で「はい、はい、はーい!!」と当時の私は目一杯アピールしたのだが、 選ばれたことは一度としてなかった。私はただ、楽しそうに消化粉末を発射する他の児童を物羨んで眺めているだけだったのである。

 そして、このフラストレーションがひとつの事件を起こした。



 事件が勃発したのは、小学2年生時分の休み時間。

 その日、私は廊下に備え付けてある消火器の前で、

「いいなあー、やりたいなあー。ふーん、ここの安全ピンを抜いてから発射するんだ。へー……」

 と性に目覚め保健の教科書を読み漁る中学生みたいなことをやっていた。とにかく当時の私は消火器に対して異常なまでの 執着心があったのである。今となってはその気持も希薄だが、男の子は多かれ少なかれ発射願望があるということなのだろう。

 そして私は何者かに導かれるが如く、説明書きの手順通りに消火器のグリップを握ってしまったのである。


 ブォォォォォォォ


 消化粉末は説明書き通りに 勢いよくノズルから発射された。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 ――私はあわてて近くの便所に逃げ込んだ。

「どうしよう…………いや、いや、消火器を発射したところは誰にも見られていないはずだ。落ち着け、落ち着け。……いいか、オレは今まで ここでウンコをしていたんだ 。用をすまして外に出たら消火器が暴発していてビックリした人間―― そんな第三者を演じよう。よし!」

 悲壮な決意でトイレを出ると、そこには先生の後について避難しているクラスメイト達の姿があった

 鳴り響く非常ベル。

「北校舎3階で火災発生! 北校舎3階で火災発生! 速やかに校庭へと避難してください。繰り返します……」(←校内放送)

 ……えらいことになった

 その場はとりあえず、自分も関係ないふりをして他の生徒と一緒に避難した。しかし、その後の、

「仮面マスク君が粉の出ている消火器から走って逃げて行くのを見ました」

 という一番見られてはいけない場面を目撃したクラスメイトの証言により、あっさりと犯行がばれてしまったのである。

 後日、校長室で行われた先生方からの取調べには、

(逃げるところを目撃されたとはいえ、グリップを握っているところは見られていはずだ。事故で逃げ切れる!)

 という打算から「グリップの部分には触っていません。消火器の横のあたりを触っていたらいきなり噴き出したんです」 と無理のある事故説を主張。先生方は皆一様に「そんなことがあるのか……」と首をひねったが、そういうことになった

私が触ったと主張する消火器の場所の図
図-1 私が触ったと主張した消火器の場所



 この事件でまったく反省をしなかった私は、2年後にさらに大きい事件をやらかすことになるのだが、それはまた次回で。

―2002年7月17日―

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