お茶の間 けいざい学 <37>
 市場と正義──食糧危機救い合う
 

 「正義を口に人を裁く者は汚布を口にする」は旧約聖書の言葉です。

 個人の「もうけてやろう」という私的な欲望を肯定した自由主義経済では、個人の利己的な行動が市場では天使の行為に変換され、逆に、貧しい人々への同情と正義への熱望から考え出された計画経済が、互いが殺し合うほどの激しい権力争いと餓死する人々をつくってしまったのは、歴史の皮肉でしょうか。
 市場の機能が消滅してしまった共産国家では、過去にもたくさんの餓死者が出ました。実は、今でも計画経済を選択した国では、たくさんの餓死者が出ているといわれます。
 世界に開かれた広い市場を持つことは最大の食糧安保であり、世界全体の国々と保険を掛けていることを意味します。
 ある国で冷害が起きても、地球全体では豊作の地域がある可能性が高く、開かれた市場を持つ国にはいち早く食料が運び込まれるはずです。
 世界に対して開かれた市場を維持していれば、日本人が飢えて死ぬことはまずないでしょう。
 中国から安いネギやシイタケが入ってきて、けしからんと規制をしてしまうことは、市場の持つ素晴らしい機能を狭めてしまうことです。日本の消費者からは安いネギが食べられるチャンスを奪い、中国の生産者からは貧しさから脱出するチャンスを奪っていることになるのです。
 同時にそれは、日本に食料危機が起きたときに、中国から芋やトウモロコシが市場を通して入ってくる未来の可能性をもつぶしていることになるのです。
 市場とは人の欲望が渦巻く泥沼に見えながら、実は水を浄化し続ける大地のようなもので、人生の欲望、失望、怒り、悲しみが万華鏡のようにきらめいている場所なのです。
(2003年5月24日「長野市民新聞」)         
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