お茶の間 けいざい学 (48)
 複式簿記の知恵──経済活動の大原理

 社員が10万人もいるような大会社のやっていることが、全体としてプラスを生んでいるのか、資産を食いつぶしているのかがチェックできるのは複式簿記があるからです。

 世界が金の兌換(だかん)から解放され、紙切れと電子記号の決済だけで、世界貿易がスムーズに回るのも複式簿記の記帳と分類があることで、世界の国々の貸借が正確に把握され、双方がその数字に納得するからです。
 市場が最後は空間軸と時間軸の混合したものであると、このシリーズでは申し上げてきました。
 複式簿記も同じです。
 時間の推移と共に発生する取引の記録を仕訳帳という帳簿にまず記録し、その取引から発生した権利関係や財産の変動を取引先ごとの元帳に移記します。必ず2回以上の記帳が行われます。
 仕訳帳は「時間の流れを記帳する時間軸の記録」、元帳は「刻々と変化する取引先との貸借を累積する空間軸の記録」ともいえます。複式簿記の原理には、人類の活動そのものを分析して作られているようなところがあります。
 壮大な中国の歴史を書こうとした司馬遷が「史記」で採用した紀伝体も、複式簿記によく似ています。人は時間の流れの中で、生活し、生産し、消費しています。
 それを日記風に書いていけば、その人の歴史にはなるのでしょうが、どこの倉庫に栗をいくら蓄えてあるのか、どこにどれくらいの広さの畑を開墾して持っているのか、どこに子供が何人いるのかを後から知ることは難しくなります。
 中国皇帝の華麗な生涯を書いても、そこに登場する個々の女性の素顔は稿を改めないと書けないようなもので、複式簿記の原理は膨大で複雑になった現代の世界の経済活動を完ぺきに支えている大原理なのです。
(2003年8月9日「長野市民新聞」)         
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