閉ざされた経済社会は大きな権力を必要としません。しかし、もし落人の里にダム開発の話などが持ち上がると、急に中央の権力とのやり取りが発生します。
補償金や転居先、生活を支える商店や病院の確保など、経済の交流範囲が拡大することで、他の地域の人々と話し合わなければならないことが急増し、これを仲裁する共通の法律や政治、権力などが必要となります。
織田信長が政権を取ってすぐに、誰でもが全国から自由に参加できる商売の場として「楽市・楽座」をつくったのは偶然ではありません。権力は経済活動の広がりに伴って拡大する性格を持っているからです。
経済活動の範囲拡大が統一の取引ルールの整備や裁判、輸送路の安全確保などへの需要を高め、それがより大きな権力の成立を促すのです。
モンゴル帝国の成立とその版図は、シルクロードを中心とした世界の交易範囲の拡大と軌を一にしています。
経済活動が高度化するとこれを支える制度の整備が進み、経済と政治、経済と権力の距離が接近して来るのです。
庶民が日々の知恵で市場をつくっている時代には、経済学は必要ありませんでした。国家が生まれ、権力者が庶民の経済活動を上の方から観察し、より効率の良い生産方法や、効率的な物流、交通網の整備、より多くの税収が得られる制度などを考え出したときに、権力側から考える経済学が誕生していったのです。
(2004年6月19日「長野市民新聞」より」)
back お茶の間けいざい学
目次 next
|