お茶の間 けいざい学  余話編(1)
 悪貨は良貨を駆逐する──不換紙幣を後押し

 「悪貨は良貨を駆逐する」は16世紀にグレシャムが発見した法則で、経済学の古典として知られています。
 同じ1両小判であっても片方は10グラムの金しか含んでおらず、他方は20グラムの金が含まれているとしましょう。
 両方を手にした人は小判の価値を保証している幕府の天下が終わったり、インフレが始まったりした場合を考えて、必ず金の含有量が10グラムの方を先に支払い、金の含有量が20グラムの方はできるだけ箪笥(たんす)の奥にしまっておこうとします。
 結果として金の含有量の少ない小判ばかりが市場に出回り、金の含有量の多い小判は退蔵されて、市場に出てこないことを表現した法則です。
 意味は違いますが、古い一万円札から先に支払い、新札はできるだけ財布の奥にしまっておく人の心理にも似ています。
 これは人の性(さが)ともいえるもので、大豆の収穫時に、小石と大豆と豆殻を分けるために、箕(み)に入れてあおると重い小石が一番下、次が大豆、上の方に軽い豆殻と、きれいに分離できる法則にも似ています。
 実は通貨が宝貝やヒスイ、砂金や兌換(だかん)紙幣を経て、だんだん価値のない不換紙幣に変わってきた過程では、通貨を紙片にしてしまい、拡大する経済に必要な通貨量を確保したいと考えた権力者や通貨発行者の論理がある一方で、実体のない名目だけの通貨を先に払ってしまいたいと考えた一般大衆の心理も大きな力になったものと思われます。
 価値のない名目通貨の方を先に使ってしまいたいと思う大衆心理があって、不換紙幣は初めて広く現代の流通を仲介する貨幣となれたのです。
 すべての経済現象は大衆側にも受け入れる土壌があって、初めて可能となったものが多いのです。

 
             (2004年9月4日「長野市民新聞」より」) 
 
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