ロシアの象徴“赤の広場”と“クレムリン”

− 2011.04.13(水) −

 モスクワの象徴“赤の広場とクレムリン”(入場見学)そして“ノヴォデヴィチ修道院”(外観観光)は世界文化遺産です。
コスモス ホテル バスの車窓から(モスクワ市内観光)
 モスクワのホテルは大きい。ロビーの中二階で12ピースのマトリョーシカをゲット。ロシアルーブルの初使い。テレビでは東日本大震災の状況が報じられていた。
モスクワ大学 高台の雀ケ丘で土産品を売る出店
 モスクワ大学はロシアの最高学府(左上)、17階建に32,000人の学生が学んでいる。ロシアの出店(右上)も日本と大差ないことに親しみを感じた。
雨降りで展望に恵まれない雀ケ丘展望台 500年の歴史をもつ女子修道院
 モスクワの街が見渡せるはずの雀ケ丘展望台(左上)だが雨降りでは外に出る気になれない。ノヴォヴィチ修道院(右上)は湖を隔てた林から遠景観光、高いのが鐘楼でネギ坊主屋根が聖堂。
 午前中はバスでのモスクワ市内観光(ノヴォデヴィッチ修道院、赤の広場、グム百貨店、聖ワリシー寺院、雀ケ丘、モスクワ大学等)です。
アルハンゲルスキー聖堂(歴代ロシア皇帝の墓所) バスの車窓から(モスクワ市内観光)
 アルハンゲルスキー聖堂は軍の守護聖人アルハンゲル・ミハイルを祀って建てられた教会。古くはイワン雷帝の棺が置かれていた。
国立歴史博物館 マネージ広場から見た国立歴史博物館
 ロシア屈指の大博物館は赤の広場に面している。常設展示は2階が原始から中世ロシアの歴史、3階が18世紀からロシア革命までのロシアの歴史になっている。
モスクワの象徴“赤の広場”(世界文化遺産) ジージとバーバ(赤の広場にて)
 赤の広場(左上)の“赤いとは美しいの意”、左奥がボクロフスキー聖堂(ワリシー寺院)、右隣の塔がクレムリンのスパスカヤ塔、右がクレムリン(要塞)。
 クレムリンとは本来“城塞”を意味する。従って、ロシア各地の都市にクレムリンがある。その中で最大かつ最も有名なのがモスクワのクレムリンだ。
 そのモスクワ・クレムリンは16世紀頃に現在の姿に完成された。ロシア正教会の総本山としての位置付、政治・軍事の中心として繁栄してきた。
 現在、クレムリンにはロシア連邦大統領府が置かれている。ソ連崩壊後、クレムリンの世界的地位は大きく低下するも首都であることには違いない。
聖ワシリー寺院
トロイツカヤ塔 モスクワをポーランド軍から開放した英雄像
 トロイツカヤ塔(左上)はクレムリン観光の出発点となる塔で、クレムリン望塔の中で最も高い。聖ワリシー寺院(右上)はイワン雷帝が戦勝記念に造らせた聖堂で、余りの美しさで2つと建築させぬために建築者2名の目をくり抜いたといわれる。
石垣ではありません 赤の広場の石畳 修理中の石畳
 クレムリンの周囲は2,235m、その周囲をぐるりと城壁が囲んでいる。城壁の上には銃眼が並び適当な間隔で20の望楼が連なっている。最も高いのがトロイツカヤ塔で20mの高さだ。
 城壁の外側が“赤の広場”で石畳で敷き詰められている。その石畳(上)は定期的に修理・整備されている。クレムリンは中に入っての見学、今なお中央統治機関もあることから警備も厳重で非公開施設には警官が立っている。
 近くて遠い麗しきロシア・・・・かつて、多くの日本人にとって“モスクワ”は遠い存在だった。東西冷戦という名の対立構造のもと、モスクワはいわば敵国の首都であり容易に行けないというイメージが強かった。
 ソ連崩壊によりモスクワは大きく変わった。その中心なるクレムリンの見学、ここからは紙面の関係で写真より説明が若干先行します。
バスの車窓から(モスクワ市内観光) クレムリン
 クレムリン大会宮殿は1961年完成という近代建造物、かつてはソ連共産党大会や中央委員会総会に用いられた。現在は国際会議やオペラ・バレエの劇場としても用いられている。
クレムリン大会宮殿(現在は劇場) ウスペンスキー大聖堂
 ウスペンスキー大聖堂はクレムリンの中心に建つ大聖堂、かつてのロシア帝国の国教大聖堂であった。ブラゴヴェシチェンスキー聖堂はイワン大帝の個人礼拝聖堂であった。
ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 鐘の皇帝
 鐘の皇帝と呼ばれる巨大な鐘は高さ2m、重さ200トン、未完成で一度も鳴らされたことがないという。巨大な鐘にはロマノフ王朝の面々が描かれている。
 大砲の皇帝と呼ばれるブロンズ製の大砲で口径890mm、重量40トン、これまた一度も発砲されたことがないという。飾りの弾丸は一つで1トンもある。
 イワン大帝の鐘楼。イワン雷帝(イワン4世)の頃モスクワで一番高い(現在81m)塔でありこれを勝る建物の建築は許可されなかった。
 白壁に黄金のネギ坊主、似たような建物が幾つもある。特にアルハンゲルスキー聖堂と白亜の救世主キリスト聖堂は酷似しているので写真掲載に誤りがあるかも知れない。
大砲の皇帝
元老院(ロシア連邦大統領府) イワン大帝の鐘楼
 元老院は18世紀末に築かれたロシア・クラシック様式の典型であり、かつてはレーニンの居所であった。現在はロシア連邦大統領府として使われている。歴代書記長も執務したソビエト連邦内閣館と正に政府中枢である。
クレムリンの団体入口 これより武器庫に入ります
 武器庫、鎧や兵器を製作・保管する武器庫として建造された。ニコライ1世の勅命により博物館となった。現在は歴史博物館。
 その武器庫には外国からの贈り物、戦利品、衣装、織物、宮廷馬車、王冠等々財宝がぎっしり収められているロシアの歴史庫だ。
 歴代皇帝が冠ったモノマフの帽子やエカテリーナ2世の煌びやかな衣装、ダイヤモンド庫には世界一大きなダイヤモンド“オルロフ”も展示されている。
 武器庫(歴史博物館)は当然撮影禁止です。クレムリンを見てビックリ、ロシアという国(予想もしない富豪国家だった)を根底から見直しました。
 クレムリンを後に、バスで再びモスクワの市内観光。その後はボリショイサーカス、見ることは見ましたが気分が悪くあまり記憶に残っていません。
バスの車窓から(モスクワ市内観光) ホテルの食堂入口のクマさん像
 疲労の極み、気分が優れないのに夕食は“キエフ風カツレツ”ときた。香料がキツイ食事で一段と食欲が遠のきました。
 いつもは持参する梅干を忘れたところ・・・・お仲間さんから「どうぞ」と、たちまち元気になりました。
挿入歌 小さいグミの木   
出国 モスクワ ウラジーミル セルギエフ ペトロゴフ プーシキン サンクトペテルブルグ 後記